HD24/96 の迷路

長い間CDの貧弱な音に悩まされた。
LPレコードが再生技術を含めて「完成された技術」となったころに生れたCDは、オーディオファンにとって「迷惑な存在」以外の何者でもなかった。
オルトフォン他の優れたカートリッジで聞く優秀録音のLPを一度でも聞いた耳では、「なーんだこれは?」と言う感想しか出てこなかった。

ひとつには「夢の音楽再生」という、CD登場の際の業界の前宣伝を鵜呑みにした、オーディオファンの期待があまりに大きかったせいもある。
さらには急遽発売された第1世代のCDプレーヤーが、特にDACの性能が、あまりに音楽体験の貧しい技術者達の作ったものであったこと(結果から判断しているのだが)が拍車をかけた。
CDの製版技術も相当あぶなっかしいものだったようだ。

しかしそれらも徐々に改善され、CDのプレス技術も安定してきたらしい。
DACも100万円以上のプレーヤーから徐々に技術革新がシフトダウンしてきて、ここ1・2年位で10万円以下の製品でも「聞ける」ものが出てきた。
→例:マランツ SA8001・・・ただし全体に音が軽めの印象があり、ソルボ等のソフトゴム系で3点支持させ、音の重心を下げる必要があるが。

しかし、しかしである。 16bit/44.1KHz という、あまりにも人間の耳をナメた規格が絶望的な障害となり、半永久的にオーディオファンから「至福の時間」が奪われてしまった事には変わりない。
録音スタジオでの再生チェックで味わえるという、すばらしい実在感・雰囲気感が、CDにすると消えてしまうのだ。
マイクがやっと拾える程度の音が我々にとって重要なのだ。 壁や床・天井の反射や衣擦れの音がいかに重要かは、日常生活でも気がつくことである。
カートリッジやLPが、ごくわずかでもその情報を伝えてきた意義は大きい。

それらをCD規格ではバッサリ切捨てた。 この罪は重いと思う。 私に言わせればヒトラー並の、人類に対する悪業である。
この罪をあがなうかに思われた「SACD」 もまた再び我々の期待を裏切った。
さしあたり私が死ぬまではこの状態が続くのであろうと、悲しくも諦めた昨今、日経デジタルアリーナの去年5月の記事を見て驚いた。(タイムラグがありすぎるが)

●HD24/96フォーマット=24bit/96kHz の音楽データを配信し、それを聞く方法がある

というのだ。
HD24/96と言えば大半の録音スタジオの規格である。 その音が家庭で聞けるって? エ、エーッ・・・マジかよ?

さっそくオンキョーのホームページに駆込んだ。
たしかにそれらしきファイルのダウンロードをやっているし、再生についての説明もされている。

ただその説明が、なぜか軸足があやふやで、「Windowsメディアプレイヤーで聞ける」と言うかと思うと、「パソコンに ONKYO SE-U55GX を接続 してアンプにつなぐ」 とかイマイチあいまい。
SE-U55GXについての話もさんざんページ内を探ってやっと見つけた話だ。 それまではパソコンのイヤホン端子からピンジャックでアンプにつなぐのかと思った。
それではあまりに HD24/96 を聞くにしてはカッコ悪いじゃないかと不審に感じたものだ。

SE-U55GX がすべてを解決する優れものらしいが、これは値段としては 1万8795円 と大変リーズナブルなもの。
一方デジタルアリーナの試聴で使ったマークレビンソンのメディアコンソールは、なんと600万円!
この落差は何なんだ? しかしONKYOホームページでは 「24/96 はこれで聞ける」 と書いてある。
騙されたと思ってU55GXを買ってみた。 音源ファイルも2曲買った。

結論から言おう。 騙されたみたいである。
出る音は同じ曲のCDと比較して、より優れているとは言えない普通の音であった。
考えてみたら、この接続のまま他のソフトを使うと、パソコンから出るビープ音なんかも、SE-U55GXからじゃんじゃん出ている。
メディアプレーヤーの音声信号を単にライン出力してるみたい。

ということは、メディアプレーヤーが 24/96 のDA変換を擬似的に行って簡易再生し、U55GXがバッファしているだけ、じゃないの。
デジタルアリーナは真面目に贅沢に、U55GX のデジタルアウトをメディアコンソール(何度も言うが600万円)に入れて、完璧に 24/96のDA変換をやらせている。
しかも、いまになってよーく見ると、オンキョーでも 「24/96ファイルはこれで・聞・け・る・」 と言っているのであって、正規に24/96のDA変換をして音声化しているとは書・い・て・な・い。
騙してない、と言われればそれまでだ。 「クオリティーを云々しなければ誰でも聞けますよ」 と言う意味らしい。
メーカーの説明に良くあるパターンである。

メディアプレーヤーのソフトウェアデコードに関して無知なので、概略でも知りたいと思い、オンキョーのサポートに教えを請うメールを出してみた。
しかし10日たっても返事の来る気配がない。
来たら続報する。

それにしてもCDは早く消えて欲しい。 円盤をグルグル回して信号を読取るというのは、アナログならともかくデジタルでは無理だ。 エラーがもともと存在するし、アルミはサビやカビで劣化する。SPレコードよりはるかに寿命は短いはずだ(100年前のレコードでも当時並の音は出るが、CDはそうは行くまい)。 そのまえにエラー補完だらけの音など想像するだけでも気持悪い。
最近知ったが、ラベルのインクやアルミコーティングそのものにも帯磁現象があり、これが読取りヘッドアセンブリのコイルに作用して、読取りエラーを起すと言う説がある。
たしかに消磁機にかける前と後で確認したが、ボーカルの歪み感が消えるという不思議な体験をした。(Acoustic Revive RD-3)
とにかくこのCD円盤はデジタルメディアとしては最悪に近い。メモリチップ上のファイルとして配布するのが、当面の(究極の、かもしれない)解決法だろう。
SDカードの2ギガが3000円台くらいにまで下がった。 24/96エンコードの曲が、いまのCD並以上に入る余裕がある。
この流れで SD・ROMパッケージの音楽ファイルが発売され、今600万円のデコーダが60万円にまで下がれば、即、買いだね。
もうすぐ録音スタジオ並の音がそのまま楽しめる日が来るんじゃないかと、はかない夢にかけてもうちょっと生きてみるか。